oSasKdot ブログ2
方針転換の予定(2)
執筆 :
K-tan 2009-11-2 9:07
昨日の続きです。早くもtatsuさんが(1)にコメントを書いてくれていますが、僕からの返事はまだ書きません。他の人たちがどのような感想を持つか、それを見守ろうと思っています。
僕としては、公開をやめることが本当の解決だとは思っていません。ただもはや「それしかない」のかもしれないと思うところまで来たということです。僕はそれくらいに状況を悲観しています。
他人の好意を踏みにじるということが、最近は当然のように行われている気がします。これはOSASKに限ったことではありません。何人かの評論家気取りが、声の小さい善意の人たちを押しのけて、僕のような無償のクリエイタのやる気を大幅にそぐようなことを言います。そしてそのような有害な評論家モドキは、年々増えています。彼らは悪いところを見つけてそれをけなして、それで自分が王様になった気分でいるのかもしれません。本当の評論家であれば、よいところは評価し、悪いところを批判するものですが、彼らは荒探しばかりしているように僕には見えます。
この風潮をこのままにしておいていいでしょうか。この風潮が行き着く未来はどんなものでしょうか。一体誰が自分の作品を無償で公開しようと思うのでしょうか。
どういう方法がいいのかは分かりませんが、とにかく無償で公開している人にとって、いろいろあったけど総合的に見れば公開してよかったと思えるような環境に戻さないと、この未来予想は現実のものになってしまいます。
僕たちはユーザを甘やかしすぎたのかもしれません。本来は何事においてもgive&takeが基本です。生まれたときから何でも好きなだけ与えられるのが当たり前だと思っている人たち。もらうだけでいいと思っている人たち。いや、もらってやっているんだ・むしろ感謝しろ、とまで思っている人たち。・・・彼らに、それは違うんだよという人はいなくていいのでしょうか。
検索すればどんな情報でもたちどころに手に入りますが、それを当たり前だと思っていないでしょうか。それはたくさんの人の善意で成立しているのですが、それに思いをはせたことはあるでしょうか。みんなが受け取るだけになってしまったら、全ての情報は古くなり、有益な情報はなくなり、未来はありません。
僕は将来を案じてこのような風潮に一石を投じるためにも、公開停止というややショッキングな方法をとろうと思っています。みなさんも少しはこのことを考えてください。そしてこのような風潮を食い止めるために自分に何ができるのかを考えてみてください。
僕は幸いにして、現在、教育者としての立場にいますが、僕がせっかく彼らのやる気を実現させるための技術を教えて、更にやる気に火をつけたとしても、世間のこのような風潮によってやる気をなくさせられるのは目に見えています。つまりこの風潮は「負の教育」とも言えるものであって、非常に有害なのです。これをなくすことは、優れた教育をすることに匹敵する効果があるのです。僕はそのように信じます。
もし心無い人の数が減らせないのだとしたら、つまりマイナスを減らせないのなら、プラスを増やすべきです。幸い、abcdwは(相変わらずキャラクタベースではありますが)要望の多かったキー入力や、文字表示の色づけや表示位置の指定などに対応できています。これでゲームを作りたいという要望はクリアできています。僕としては、それで遊んでくれる人が一定以上いれば、「まあ心無い人もいるけど、全体としては公開してよかったのかな」と思えなくもないのです。
僕としてはみなさんが僕のこの一連の行動に対して、どのように反応するのかを見守っています。
僕としては、公開をやめることが本当の解決だとは思っていません。ただもはや「それしかない」のかもしれないと思うところまで来たということです。僕はそれくらいに状況を悲観しています。
他人の好意を踏みにじるということが、最近は当然のように行われている気がします。これはOSASKに限ったことではありません。何人かの評論家気取りが、声の小さい善意の人たちを押しのけて、僕のような無償のクリエイタのやる気を大幅にそぐようなことを言います。そしてそのような有害な評論家モドキは、年々増えています。彼らは悪いところを見つけてそれをけなして、それで自分が王様になった気分でいるのかもしれません。本当の評論家であれば、よいところは評価し、悪いところを批判するものですが、彼らは荒探しばかりしているように僕には見えます。
この風潮をこのままにしておいていいでしょうか。この風潮が行き着く未来はどんなものでしょうか。一体誰が自分の作品を無償で公開しようと思うのでしょうか。
どういう方法がいいのかは分かりませんが、とにかく無償で公開している人にとって、いろいろあったけど総合的に見れば公開してよかったと思えるような環境に戻さないと、この未来予想は現実のものになってしまいます。
僕たちはユーザを甘やかしすぎたのかもしれません。本来は何事においてもgive&takeが基本です。生まれたときから何でも好きなだけ与えられるのが当たり前だと思っている人たち。もらうだけでいいと思っている人たち。いや、もらってやっているんだ・むしろ感謝しろ、とまで思っている人たち。・・・彼らに、それは違うんだよという人はいなくていいのでしょうか。
検索すればどんな情報でもたちどころに手に入りますが、それを当たり前だと思っていないでしょうか。それはたくさんの人の善意で成立しているのですが、それに思いをはせたことはあるでしょうか。みんなが受け取るだけになってしまったら、全ての情報は古くなり、有益な情報はなくなり、未来はありません。
僕は将来を案じてこのような風潮に一石を投じるためにも、公開停止というややショッキングな方法をとろうと思っています。みなさんも少しはこのことを考えてください。そしてこのような風潮を食い止めるために自分に何ができるのかを考えてみてください。
僕は幸いにして、現在、教育者としての立場にいますが、僕がせっかく彼らのやる気を実現させるための技術を教えて、更にやる気に火をつけたとしても、世間のこのような風潮によってやる気をなくさせられるのは目に見えています。つまりこの風潮は「負の教育」とも言えるものであって、非常に有害なのです。これをなくすことは、優れた教育をすることに匹敵する効果があるのです。僕はそのように信じます。
もし心無い人の数が減らせないのだとしたら、つまりマイナスを減らせないのなら、プラスを増やすべきです。幸い、abcdwは(相変わらずキャラクタベースではありますが)要望の多かったキー入力や、文字表示の色づけや表示位置の指定などに対応できています。これでゲームを作りたいという要望はクリアできています。僕としては、それで遊んでくれる人が一定以上いれば、「まあ心無い人もいるけど、全体としては公開してよかったのかな」と思えなくもないのです。
僕としてはみなさんが僕のこの一連の行動に対して、どのように反応するのかを見守っています。

