oSasKdot ブログ2
執筆 :
K-tan 2012-3-27 20:18
ここに書こうと思ったら、サーバが重くてつらかったので、こちらに書きました。
http://kawai-osask.blogspot.jp/2012/03/osask-httpdot.html
http://kawai-osask.blogspot.jp/2012/03/osask-httpdot.html
執筆 :
K-tan 2012-2-1 19:04
これでこのシリーズはたぶん最後になると思う。
このサイボウズLiveでとても気に入っていることはあと2つある。一つは、ライトユーザ
(つまりヘビーユーザじゃない人のこと)には課金しないという方針だ。今はサイボウズ
Liveは誰でも課金なしで使えているが、それは一時的なことで、最終的には有料の
サービスになる予定だ。しかし全員に課金されるというわけではない。たとえば21人以上
のグループを作るなど、そういう条件を満たした場合のみ課金されるらしい(予定)。
具体的な課金の基準はともかくとして、僕はこの「ライトユーザには課金しない」という
方針はすばらしいと思う。無論ライトユーザがタダになっている分を誰も負担しない
というわけではない。そんな魔法はない。きっとそれはヘビーユーザの課金料を本来の
コスト以上にすることで成立するんだと思う。
なぜすばらしいのかといえば、ライトユーザに対して無料でいてくれるおかげで、僕の
ようなヘビーユーザはもっと得をするからだ。考えてみてほしい。僕のようなヘビー
ユーザとしてはどんどんメールからサイボウズLiveに移行して、ほとんどのやり取りを
サイボウズLive上でやってしまいたい。しかしこれは僕だけではかなわない望みだ。
相手が嫌だといえばそれまでだからだ。嫌だという人はおそらくそう積極的には使わ
ないだろう。それならその費用をヘビーユーザにツケるというのは実にうまいアイデア
ではないか。そうすればライトユーザも「まあ無料ならいいよ」と思ってくれるだろう。
僕は友人の大多数がサイボウズLiveを使ってくれるのであれば、多少課金が高くたって
全く気にしない。だからこの方針は大好きだ。
---
もう一つのお気に入りはToDo機能だ。
○月○日までに、○○をやる、という締め切りは、仕事をする社会人にはつきものだし、
学生にだって宿題はあるし、そのどちらでもないとしても、○月○日までに○○をやろう
という目標を立てることはよくやることだと思う。友人との約束だって、このフォー
マットにあてはめられる。いついつまでに借りた本を返す、とかだ。
こういう時はToDo機能の出番になる。これがイベント機能と違うのは、その日にやら
なければいけないというわけではなくて、その日「まで」にやらなくてはいけない
ということだ。
ToDoを登録すると、期日順に表示できる。これで期日が迫っているものから着手できる。
僕は主にToDoはひとりグループで登録しているけど、もし友人との約束に関するToDoで
あれば、その友人とのグループに書くことにするだろう。そうすれば、友人も僕が
ちゃんと約束を守ろうとしていることがわかる。そしてどこに書いても、結局はホーム
ですべての自分に関するToDoを集めて期日順に並べられるので、見逃しはない。
完了したものは非表示ににする機能もあるので、完了したToDoに埋もれて見逃した、
なんてこともない。
さらにそれぞれのToDoに関してもコメントが付けられる。そう、サイボウズLiveは
なんにでもコメントが付けられる。そしてToDoに対するコメントもやっぱり便利だ。
たとえば急に締め切りが変わったとする。その場合は、そのことをコメントでメモして
おける。またどうしても間に合わなくて締め切りを延ばしてもらうことだってある。
その時も、そのことをメモでコメントして、旧締め切りと新締め切りの両方を記録
したうえでToDoの締め切りを更新すれば、あとになって何が起きたのか十分に思い
出せる。
こういう記録は大切だ。前回はどうしたんだっけとか、そういう反省や前例の確認の
ためにも、なんでも記録はつけるべきだ。そうすれば、次回はもっと早くから着手
しようとか、余裕を持とうとか、いろいろ判断できる。
そういう思いだしのためなのかどうかはわからないけど、イベントやマイカレンダー
には、ToDoも記入される。だから終わったToDoもだいたいの日付から簡単に思い
出せる。良くできていると思う。
・・・もちろん、こんなのエクセルで簡単にできるよ、っていう人もいるかもしれ
ない。ToDoが片付いたら、[done]へ移動して、残ったものを期日順にソートすれば
確かに同様のことはできるだろう。しかしそれが見やすいだろうか。同じグループ
の人と共有できるだろうか。
---
最後にこれはぜひ言っておきたい。
それはコメントの再編集機能だ。
僕はWikiやこのブログに慣れているので、本文だけではなくコメントも、何度でも
回数制限なく再編集できるのが当たり前だと思っている。でもサイボウズ・ラボで
その話をしても、この感覚に共感してもらえることはめったにない。とても残念だ。
そしてサイボウズLiveはコメントの再編集機能はない。というかサイボウズ製品で
コメントの再編集機能があるものはない。
まあコメントの削除はできる。だから削除して投稿しなおせばいいじゃないかと
いわれる。それで何とかなるときもあるにはあるけど、でも違うんだ、それは
やっぱり少し違うんだ・・・。
幸い、サイボウズLiveの本文は何度でも再編集できるし、更新履歴もばっちり管理
されるから、こうなったら本来のコメント機能は一切使わないことにして、PukiWiki
の#commentみたいな機能を勝手にくっつけてしまったらいいかなと思っている。
#commentプラグインは、まさに本文へのコメント挿入機能だから。
幸いサイボウズLiveのAPIは公開されているし・・・。
---
最後とか言ってまだちょっと追記するわけだが、最近、サイボウズLiveの掲示板
カテゴリ機能を活用して、Wikiっぽいことができるとわかった。リンクをはるときは
書式編集に切り替えて書く。
まあ本来のWikiと比べればいろいろと不自由なんだけど、でも友人とのクローズドな
共有Wikiを持てるというのは、かなり大きい。しかもカテゴリはグループ内にいくつ
でも作れるから、まさにWiki立て放題状態だ。これはヤバい(笑)。
この発見のせいで、僕の中では第二次サイボウズLiveブームが起きている。
(完)
このサイボウズLiveでとても気に入っていることはあと2つある。一つは、ライトユーザ
(つまりヘビーユーザじゃない人のこと)には課金しないという方針だ。今はサイボウズ
Liveは誰でも課金なしで使えているが、それは一時的なことで、最終的には有料の
サービスになる予定だ。しかし全員に課金されるというわけではない。たとえば21人以上
のグループを作るなど、そういう条件を満たした場合のみ課金されるらしい(予定)。
具体的な課金の基準はともかくとして、僕はこの「ライトユーザには課金しない」という
方針はすばらしいと思う。無論ライトユーザがタダになっている分を誰も負担しない
というわけではない。そんな魔法はない。きっとそれはヘビーユーザの課金料を本来の
コスト以上にすることで成立するんだと思う。
なぜすばらしいのかといえば、ライトユーザに対して無料でいてくれるおかげで、僕の
ようなヘビーユーザはもっと得をするからだ。考えてみてほしい。僕のようなヘビー
ユーザとしてはどんどんメールからサイボウズLiveに移行して、ほとんどのやり取りを
サイボウズLive上でやってしまいたい。しかしこれは僕だけではかなわない望みだ。
相手が嫌だといえばそれまでだからだ。嫌だという人はおそらくそう積極的には使わ
ないだろう。それならその費用をヘビーユーザにツケるというのは実にうまいアイデア
ではないか。そうすればライトユーザも「まあ無料ならいいよ」と思ってくれるだろう。
僕は友人の大多数がサイボウズLiveを使ってくれるのであれば、多少課金が高くたって
全く気にしない。だからこの方針は大好きだ。
---
もう一つのお気に入りはToDo機能だ。
○月○日までに、○○をやる、という締め切りは、仕事をする社会人にはつきものだし、
学生にだって宿題はあるし、そのどちらでもないとしても、○月○日までに○○をやろう
という目標を立てることはよくやることだと思う。友人との約束だって、このフォー
マットにあてはめられる。いついつまでに借りた本を返す、とかだ。
こういう時はToDo機能の出番になる。これがイベント機能と違うのは、その日にやら
なければいけないというわけではなくて、その日「まで」にやらなくてはいけない
ということだ。
ToDoを登録すると、期日順に表示できる。これで期日が迫っているものから着手できる。
僕は主にToDoはひとりグループで登録しているけど、もし友人との約束に関するToDoで
あれば、その友人とのグループに書くことにするだろう。そうすれば、友人も僕が
ちゃんと約束を守ろうとしていることがわかる。そしてどこに書いても、結局はホーム
ですべての自分に関するToDoを集めて期日順に並べられるので、見逃しはない。
完了したものは非表示ににする機能もあるので、完了したToDoに埋もれて見逃した、
なんてこともない。
さらにそれぞれのToDoに関してもコメントが付けられる。そう、サイボウズLiveは
なんにでもコメントが付けられる。そしてToDoに対するコメントもやっぱり便利だ。
たとえば急に締め切りが変わったとする。その場合は、そのことをコメントでメモして
おける。またどうしても間に合わなくて締め切りを延ばしてもらうことだってある。
その時も、そのことをメモでコメントして、旧締め切りと新締め切りの両方を記録
したうえでToDoの締め切りを更新すれば、あとになって何が起きたのか十分に思い
出せる。
こういう記録は大切だ。前回はどうしたんだっけとか、そういう反省や前例の確認の
ためにも、なんでも記録はつけるべきだ。そうすれば、次回はもっと早くから着手
しようとか、余裕を持とうとか、いろいろ判断できる。
そういう思いだしのためなのかどうかはわからないけど、イベントやマイカレンダー
には、ToDoも記入される。だから終わったToDoもだいたいの日付から簡単に思い
出せる。良くできていると思う。
・・・もちろん、こんなのエクセルで簡単にできるよ、っていう人もいるかもしれ
ない。ToDoが片付いたら、[done]へ移動して、残ったものを期日順にソートすれば
確かに同様のことはできるだろう。しかしそれが見やすいだろうか。同じグループ
の人と共有できるだろうか。
---
最後にこれはぜひ言っておきたい。
それはコメントの再編集機能だ。
僕はWikiやこのブログに慣れているので、本文だけではなくコメントも、何度でも
回数制限なく再編集できるのが当たり前だと思っている。でもサイボウズ・ラボで
その話をしても、この感覚に共感してもらえることはめったにない。とても残念だ。
そしてサイボウズLiveはコメントの再編集機能はない。というかサイボウズ製品で
コメントの再編集機能があるものはない。
まあコメントの削除はできる。だから削除して投稿しなおせばいいじゃないかと
いわれる。それで何とかなるときもあるにはあるけど、でも違うんだ、それは
やっぱり少し違うんだ・・・。
幸い、サイボウズLiveの本文は何度でも再編集できるし、更新履歴もばっちり管理
されるから、こうなったら本来のコメント機能は一切使わないことにして、PukiWiki
の#commentみたいな機能を勝手にくっつけてしまったらいいかなと思っている。
#commentプラグインは、まさに本文へのコメント挿入機能だから。
幸いサイボウズLiveのAPIは公開されているし・・・。
---
最後とか言ってまだちょっと追記するわけだが、最近、サイボウズLiveの掲示板
カテゴリ機能を活用して、Wikiっぽいことができるとわかった。リンクをはるときは
書式編集に切り替えて書く。
まあ本来のWikiと比べればいろいろと不自由なんだけど、でも友人とのクローズドな
共有Wikiを持てるというのは、かなり大きい。しかもカテゴリはグループ内にいくつ
でも作れるから、まさにWiki立て放題状態だ。これはヤバい(笑)。
この発見のせいで、僕の中では第二次サイボウズLiveブームが起きている。
(完)
執筆 :
K-tan 2012-1-30 22:13
さて今度はイベント機能について紹介しようかと思う。・・・これはまあ基本的には
グループに共有のカレンダに書き込むような感じで、スケジュール機能みたいなもの
だと思っていれば間違いはない。しかし面白いのは、これに双方好きなだけコメントが
つけられるということだ。つまり、カレンダにメモをつけられるわけだが、それに
掲示板までついてしまったような感じなのだ。
掲示板と同じなので、添付ファイルも自由につけられる。必要なら写真も貼れる。
○月○日にどこそこに旅行に行く予定です、とか、それで旅行に行ったときの写真を
ちょっと貼ってみたらどうなるか。掲示板に書いた場合、相手は何か返事をしなければ
いけないが、イベント機能で書いたときは、適当に気づかない振りもできる。つまり
押し付けがましくないというか、自慢っぽくないのだ。それでいて、相手が関心を
示してくれたときには話題にできる。そして話題がどんなに盛り上がっても問題はない。
なぜならコメントは交互に何度でもつけていけるからだ。
もちろん何か会う約束などをした場合は、イベント機能に書いておけば忘れにくい。
そういう普通の使い方ももちろんできる。
予定をこうやってグループ共有のカレンダに書いておいて、それでマイカレンダーを
見れば、そこにはすべてのグループの予定が集約される。つまり、そこを見れば自分の
予定は全部分かる。個々のグループまでわざわざ見に行く必要はないのだ。これで予定
を忘れたなんてことはない。実によくできていると思う。
---
こうした使い方をし始めると、自分の個人的な予定も書き込んで、それでサイボウズLive
で全部を管理してしまいたい誘惑に駆られるだろう。僕はそうなった。それで、ためしに
自分ひとりしかいないグループを作ってみた。こういうことをしても全く怒られない。
それでひとりグループに自分の予定を書いた。当然のことながら、ひとりグループは
僕だけのものなので、他の誰にも見られない。
これでマイカレンダーには僕の予定が全て記入されることとなり、予定の調整はとても
簡単になった。もう手帳なんか不要だ。
ひとりグループには他にも使い道がある。それは掲示板だ。先に僕は掲示板はメールの
代わりになると書いたけど、実は一つだけメールに負けている点があった。それは、
「書きかけの文章をうまく扱えない」ということだ。書きかけの文章でも、保存する
ために書き込めば、それは直ちに友人にも見えてしまう。そうしたくないことが、
僕にはたまにある。もちろん適当なテキストファイルに書いておけばいいのかもしれ
ないが、そのファイルを保存するのが面倒だ。それならば、いっそのことひとりグループ
の掲示板で下書きすればいいではないか。これなら家でも職場でもどこでも、サイボウズ
Liveのあるところなら必ず下書きを参照できる。
もちろん下書き以外の事だって書いておいていい。僕はひとりグループに個人的なメモや
OSASK開発のための思い付きをメモする掲示板も作った。実に便利だ。もうやめられ
そうにない(笑)。
ちなみにこのひとりグループについては、サイボウズLiveの人に「あのう、こういう
使い方ってやっぱり開発者としては不本意なのでしょうか?」と聞いてみた(もちろん
その質問はサイボウズLive上で行ったわけだが・・・笑)。すると回答は、むしろ
そういう使い方を発見してくれてありがとう、だった。心の広い人たちじゃないか!
---
つづき → http://dot.osask.jp/blog2/details.php?bid=199
グループに共有のカレンダに書き込むような感じで、スケジュール機能みたいなもの
だと思っていれば間違いはない。しかし面白いのは、これに双方好きなだけコメントが
つけられるということだ。つまり、カレンダにメモをつけられるわけだが、それに
掲示板までついてしまったような感じなのだ。
掲示板と同じなので、添付ファイルも自由につけられる。必要なら写真も貼れる。
○月○日にどこそこに旅行に行く予定です、とか、それで旅行に行ったときの写真を
ちょっと貼ってみたらどうなるか。掲示板に書いた場合、相手は何か返事をしなければ
いけないが、イベント機能で書いたときは、適当に気づかない振りもできる。つまり
押し付けがましくないというか、自慢っぽくないのだ。それでいて、相手が関心を
示してくれたときには話題にできる。そして話題がどんなに盛り上がっても問題はない。
なぜならコメントは交互に何度でもつけていけるからだ。
もちろん何か会う約束などをした場合は、イベント機能に書いておけば忘れにくい。
そういう普通の使い方ももちろんできる。
予定をこうやってグループ共有のカレンダに書いておいて、それでマイカレンダーを
見れば、そこにはすべてのグループの予定が集約される。つまり、そこを見れば自分の
予定は全部分かる。個々のグループまでわざわざ見に行く必要はないのだ。これで予定
を忘れたなんてことはない。実によくできていると思う。
---
こうした使い方をし始めると、自分の個人的な予定も書き込んで、それでサイボウズLive
で全部を管理してしまいたい誘惑に駆られるだろう。僕はそうなった。それで、ためしに
自分ひとりしかいないグループを作ってみた。こういうことをしても全く怒られない。
それでひとりグループに自分の予定を書いた。当然のことながら、ひとりグループは
僕だけのものなので、他の誰にも見られない。
これでマイカレンダーには僕の予定が全て記入されることとなり、予定の調整はとても
簡単になった。もう手帳なんか不要だ。
ひとりグループには他にも使い道がある。それは掲示板だ。先に僕は掲示板はメールの
代わりになると書いたけど、実は一つだけメールに負けている点があった。それは、
「書きかけの文章をうまく扱えない」ということだ。書きかけの文章でも、保存する
ために書き込めば、それは直ちに友人にも見えてしまう。そうしたくないことが、
僕にはたまにある。もちろん適当なテキストファイルに書いておけばいいのかもしれ
ないが、そのファイルを保存するのが面倒だ。それならば、いっそのことひとりグループ
の掲示板で下書きすればいいではないか。これなら家でも職場でもどこでも、サイボウズ
Liveのあるところなら必ず下書きを参照できる。
もちろん下書き以外の事だって書いておいていい。僕はひとりグループに個人的なメモや
OSASK開発のための思い付きをメモする掲示板も作った。実に便利だ。もうやめられ
そうにない(笑)。
ちなみにこのひとりグループについては、サイボウズLiveの人に「あのう、こういう
使い方ってやっぱり開発者としては不本意なのでしょうか?」と聞いてみた(もちろん
その質問はサイボウズLive上で行ったわけだが・・・笑)。すると回答は、むしろ
そういう使い方を発見してくれてありがとう、だった。心の広い人たちじゃないか!
---
つづき → http://dot.osask.jp/blog2/details.php?bid=199
執筆 :
K-tan 2012-1-25 8:56
前回の続きだ。
僕のような使い方をしていると、たった二人しかいいないグループがたくさんできる。
それに僕は同窓会のグループを作ってそこに10人を招待しても、その10人とは個別に
2人だけのグループも作ったりする。だって10人みんなで話したいこともあれば、
そのうちの一人と秘密の話で盛り上がりたい時だってある。・・・ということで、
グループ数はすごく増える。
そしてその増えすぎたグループに対してどうしたらいいのかということが、サイボウズ
Liveは優れている。グループごとに新着があったかどうかを知ることができるし、
グループをフォルダで分類することもできる。そして僕がいったいいくつのグループに
属しているのか、そもそも僕が誰とサイボウズLiveでつながっているのかなどは、一切
他人にはうかがい知れない。この点はmixiなどとは違う。
いやmixiはもしかしたら最近では秘密グループやマイミク非公開みたいな機能がある
のかもしれないが、それはメインではないはずだ。mixiの基本理念はやはりオープン型
であって、そこにクローズ型も混ぜられるようにしただけに過ぎない。両方をサポート
すればもちろん機能は複雑になってややこしくなり、ユーザは使い分けで少々混乱し、
結局はあまりいい結果にはならないだろう。設計方針だって両方の使い方にいい顔を
しなければいけないので、中途半端になりやすいだろう。あれもこれもできるというのは
これしかできないがこれなら得意です、というものには勝てないのだ。
サイボウズLiveでは、グループによって自分の見せたいプロフィールを個別に設定
できる。僕はあるグループではK-tanであり、別のグループでは川合であり、また別の
グループでは学生時代のあだ名を名乗っている。顔写真も別々に設定できる、住所や
電話番号や所属も自由にできる。だからあるグループに対してはまじめな住所などを
公開し、別のグループでは都道府県程度にとどめ、またあるグループでは「太陽系
第三惑星」なんて書いておくことができる。遊べるのだ。個人情報も十分に守れる。
これはくだらないようで非常に重要な機能だ。個人情報を見せるか見せないかが選択
できるなんて言うレベルとは違う。学生時代の友人と、学生時代を思わせるようなプロ
フィール画像で、当時のあだ名で呼び合って話をすると、どれほど会話が弾むか比べて
みてほしい。違和感がないのだ。ハンドル名で知り合った人と実名で会話しても、
なんかしっくりこないのを経験した人は多いだろう。同窓会で結婚して姓が変わっても
旧姓で呼びたくなる感じを経験したことはないだろうか。
そしてプロフィールで遊べば、それはそれだけでも楽しいが、それだけじゃない。そこ
から話題が生まれることもある。それがまた楽しい。お、プロフィール画像変えたねー、
それどうしたんだ?とかだ。
もちろんmixiでもアカウントをたくさん作って、それぞれを使い分ければ同じような
ことはできる。Facebookも規約を無視して実名じゃないアカウントを量産すればいい
かもしれない。しかしそれをどうやって管理するのか?激しく混乱し、面倒になるだけ
だ。使い分けのために何度もログインしなおすことになりそうだ。
これは僕の勝手な想像だが、mixiやFacebookは人と人とがつながることを重視する。
新しい人と安心してつながるためには、相手が信用できなければいけない。そのためには
所属するグループによって呼び名が変わるようなシステムは目的に即していない。だから
こういう設計になっているのは当然であって妥当な仕様だ。・・・一方でサイボウズLive
は「出会い機能」なんてほとんど考慮してない。あったとしてもそれはおまけだ。断じて
メインではない。それよりも既に知り合っている人同士が、いかに効率よくコミュニケー
ションをとるか、ということを重視しているように見える。だからそのためにマルチ
プロフィールが有効なら迷わずに導入する。グループをたくさん作れることが有用なら、
たくさん作って管理しやすいようにする。そういうことなのだ。
だからサイボウズLiveをやったからといってmixiやFacebookをやめる必要はない。新しい
友達がほしいとか、友達の友達と知り合う機会がほしいのなら、それはサイボウズLive
ではかなわない目的だ。またオープンに情報発信したい場合もあるだろうから、こういう
ブログやtwitterなどをやめる必要もない。サイボウズLiveは競合していないのだ。
つづき → http://dot.osask.jp/blog2/details.php?bid=198
僕のような使い方をしていると、たった二人しかいいないグループがたくさんできる。
それに僕は同窓会のグループを作ってそこに10人を招待しても、その10人とは個別に
2人だけのグループも作ったりする。だって10人みんなで話したいこともあれば、
そのうちの一人と秘密の話で盛り上がりたい時だってある。・・・ということで、
グループ数はすごく増える。
そしてその増えすぎたグループに対してどうしたらいいのかということが、サイボウズ
Liveは優れている。グループごとに新着があったかどうかを知ることができるし、
グループをフォルダで分類することもできる。そして僕がいったいいくつのグループに
属しているのか、そもそも僕が誰とサイボウズLiveでつながっているのかなどは、一切
他人にはうかがい知れない。この点はmixiなどとは違う。
いやmixiはもしかしたら最近では秘密グループやマイミク非公開みたいな機能がある
のかもしれないが、それはメインではないはずだ。mixiの基本理念はやはりオープン型
であって、そこにクローズ型も混ぜられるようにしただけに過ぎない。両方をサポート
すればもちろん機能は複雑になってややこしくなり、ユーザは使い分けで少々混乱し、
結局はあまりいい結果にはならないだろう。設計方針だって両方の使い方にいい顔を
しなければいけないので、中途半端になりやすいだろう。あれもこれもできるというのは
これしかできないがこれなら得意です、というものには勝てないのだ。
サイボウズLiveでは、グループによって自分の見せたいプロフィールを個別に設定
できる。僕はあるグループではK-tanであり、別のグループでは川合であり、また別の
グループでは学生時代のあだ名を名乗っている。顔写真も別々に設定できる、住所や
電話番号や所属も自由にできる。だからあるグループに対してはまじめな住所などを
公開し、別のグループでは都道府県程度にとどめ、またあるグループでは「太陽系
第三惑星」なんて書いておくことができる。遊べるのだ。個人情報も十分に守れる。
これはくだらないようで非常に重要な機能だ。個人情報を見せるか見せないかが選択
できるなんて言うレベルとは違う。学生時代の友人と、学生時代を思わせるようなプロ
フィール画像で、当時のあだ名で呼び合って話をすると、どれほど会話が弾むか比べて
みてほしい。違和感がないのだ。ハンドル名で知り合った人と実名で会話しても、
なんかしっくりこないのを経験した人は多いだろう。同窓会で結婚して姓が変わっても
旧姓で呼びたくなる感じを経験したことはないだろうか。
そしてプロフィールで遊べば、それはそれだけでも楽しいが、それだけじゃない。そこ
から話題が生まれることもある。それがまた楽しい。お、プロフィール画像変えたねー、
それどうしたんだ?とかだ。
もちろんmixiでもアカウントをたくさん作って、それぞれを使い分ければ同じような
ことはできる。Facebookも規約を無視して実名じゃないアカウントを量産すればいい
かもしれない。しかしそれをどうやって管理するのか?激しく混乱し、面倒になるだけ
だ。使い分けのために何度もログインしなおすことになりそうだ。
これは僕の勝手な想像だが、mixiやFacebookは人と人とがつながることを重視する。
新しい人と安心してつながるためには、相手が信用できなければいけない。そのためには
所属するグループによって呼び名が変わるようなシステムは目的に即していない。だから
こういう設計になっているのは当然であって妥当な仕様だ。・・・一方でサイボウズLive
は「出会い機能」なんてほとんど考慮してない。あったとしてもそれはおまけだ。断じて
メインではない。それよりも既に知り合っている人同士が、いかに効率よくコミュニケー
ションをとるか、ということを重視しているように見える。だからそのためにマルチ
プロフィールが有効なら迷わずに導入する。グループをたくさん作れることが有用なら、
たくさん作って管理しやすいようにする。そういうことなのだ。
だからサイボウズLiveをやったからといってmixiやFacebookをやめる必要はない。新しい
友達がほしいとか、友達の友達と知り合う機会がほしいのなら、それはサイボウズLive
ではかなわない目的だ。またオープンに情報発信したい場合もあるだろうから、こういう
ブログやtwitterなどをやめる必要もない。サイボウズLiveは競合していないのだ。
つづき → http://dot.osask.jp/blog2/details.php?bid=198
執筆 :
K-tan 2012-1-24 9:29
これから何日かかけて「サイボウズLive」の話をしようと思う。
まず最初に言っておくけど、僕はサイボウズ・ラボの社員なので、この話は自社
(正確には本社)の製品をほめているだけということだ。だから話半分に聞くべきだと
感じたら是非そうしてほしい。そこはフェアにやりたい。
まずは忘れないうちにURLを書いておこう。 https://cybozulive.com/
僕はサイボウズ・ラボ内でもっともサイボウズLiveを酷使しているヘビーユーザで、
おそらく本社を含めても僕以上に過激に使っている人はせいぜい数人だと思う。それ
くらい僕はこのソフトがお気に入りだ。僕は気に入ったソフトウェアのことはほめない
ではいられない。だからこの文章も会社に頼まれたとかじゃなくて、自発的に書いて
いる。もしかしたらそんな勝手なことを書くなと、あとから削除することになるかも
しれない(笑)。
現在、サイボウズLiveの利用は無料になっている。大規模に使うヘビーユーザに課金する
計画はあるが、まだ課金は始まっていない。無料の間だけ試しに使ってみてもいいし、
うさんくさいと思えば使わなくてもいい。別に僕はそれで困るわけじゃない。とにかく
僕は使う。まあ無料だし、登録には個人情報もほとんど要らないから試してみて損は
ないと思う。だからおすすめではある。
サイボウズLiveというのは、一見するとmixiやFacebookの亜種のように見えると思う。
実際そういうとららえ方もできるつくりではある。しかし基本的な目的は大きく違って
いて、そのため細部の設計方針は異なっている。
---
さて具体的な使い方の話をしよう。サイボウズLiveのライバルはmixiやFacebookでは
ない。だからそういう用途の代用にはしない。もっとぜんぜん違う用途だ。もっとも
おすすめできる用途、それは十分に親しい人とのメールの代用である。
僕は親しい人にメールを書く。返事ももらう。そうやって話をする。これはとても
楽しい。・・・同じことは、サイボウズLiveでもできる。どうやってやるのかというと、
まず友人と二人だけのグループを作る。そしてグループ内には掲示板があるから、
その掲示板に書きたいことを書きたいだけ書く。たった一つの掲示板に交互に書いても
よいし、掲示板をいくつか作って書き分けてもいい。PC関係の話、それ以外の雑談、
みたいに。・・・そう、それだけのことだ。なんと簡単なことだろう。
二人だけの掲示板を持つということが、これほど便利だとは僕は知らなかった。メール
と比べてどこがいいかを書こう。まず掲示板にはメールの作法が要らない。たとえば、
過剰な引用なんかしない。メールはそれぞれがばらばらなので、話の流れを思い出して
もらうためにも多めの引用は避けられない。掲示板には発言番号がつくので、>>3とか
やればどの話題への返事なのかも簡単に示せる。またシグネチャとかも書かない。
そういう文化的背景を持っていないのだ、掲示板は。
結果として、掲示板に書かれた文章はものすごく見通しがよくなる。メールの比では
ない。もうメールには戻れない。当たり前だけど、その掲示板に書かれている文章は
その人との会話だけであり、ノイズは全くない。テーマごとに掲示板を分けているとき
はなおさらだ。メールはノイズが多い。フォルダをたくさん作って自動振り分けすれば
これは改善するが、特に何もしなくても自動的にこうなってくれるのは実にうれしい。
サイボウズLiveの掲示板は、投稿できる文章の長さには特に制限がないようで、本気の
長文も問題なく投稿できる。必要もないのに複数の投稿に分けたりする必要はない。
またサイボウズLiveの掲示板は、2chの掲示板などとは異なり、自分の発言を削除する
ことができる。メールでは、間違って送信してしまったら、もう相手に削除を頼む以外
に方法はない。だから送信前にあて先が間違っていないか、かなり用心しなければいけ
ない。気楽には書けない。
そしてサイボウズLiveの掲示板ではファイル添付もできる。添付したファイルが画像
なら、それはファイルとして存在すると同時に画像としても表示される。これでちょっと
した写真とかを見せ合うのは本当に楽しい。
これらは完全にプライベートであって、誰かに見られるとかいう心配はない。それは
メールに匹敵する。消せることも加味すればメール以上か。2chなどの公開型掲示板+
便利な2chブラウザの組み合わせでも似たようなことはできるかもしれないが、それは
公開型である。サイボウズLiveは非公開型であり個人情報に気を使う必要は全くない。
httpsで通信するので、プレーンテキストのメールなんかよりもずっと安心だ。じゃあ
パスワードなども通知できそうだ(まだやったことはないけど)。
メールのことを悪く言ってしまったが、僕はメールにも感謝している。僕が最初に電子
メールを使い始めたころ、これはなんと便利なのだろうと思った。手紙よりも速くて
安い。紙も要らない。電話と違って記録が簡単に残る。だから僕はメールが大好きに
なった。それからどれだけメールを使ってきたか知れない。・・・そして今、僕は
手紙や電話からメールに移行したように、メールからサイボウズLiveへ移行している。
2人だけじゃない、3人や4人のグループでもいい。同じことはおそらくメーリングリスト
でもできるが、サイボウズLiveのほうが何倍も便利だろう。
---
つづき → http://dot.osask.jp/blog2/details.php?bid=197
まず最初に言っておくけど、僕はサイボウズ・ラボの社員なので、この話は自社
(正確には本社)の製品をほめているだけということだ。だから話半分に聞くべきだと
感じたら是非そうしてほしい。そこはフェアにやりたい。
まずは忘れないうちにURLを書いておこう。 https://cybozulive.com/
僕はサイボウズ・ラボ内でもっともサイボウズLiveを酷使しているヘビーユーザで、
おそらく本社を含めても僕以上に過激に使っている人はせいぜい数人だと思う。それ
くらい僕はこのソフトがお気に入りだ。僕は気に入ったソフトウェアのことはほめない
ではいられない。だからこの文章も会社に頼まれたとかじゃなくて、自発的に書いて
いる。もしかしたらそんな勝手なことを書くなと、あとから削除することになるかも
しれない(笑)。
現在、サイボウズLiveの利用は無料になっている。大規模に使うヘビーユーザに課金する
計画はあるが、まだ課金は始まっていない。無料の間だけ試しに使ってみてもいいし、
うさんくさいと思えば使わなくてもいい。別に僕はそれで困るわけじゃない。とにかく
僕は使う。まあ無料だし、登録には個人情報もほとんど要らないから試してみて損は
ないと思う。だからおすすめではある。
サイボウズLiveというのは、一見するとmixiやFacebookの亜種のように見えると思う。
実際そういうとららえ方もできるつくりではある。しかし基本的な目的は大きく違って
いて、そのため細部の設計方針は異なっている。
---
さて具体的な使い方の話をしよう。サイボウズLiveのライバルはmixiやFacebookでは
ない。だからそういう用途の代用にはしない。もっとぜんぜん違う用途だ。もっとも
おすすめできる用途、それは十分に親しい人とのメールの代用である。
僕は親しい人にメールを書く。返事ももらう。そうやって話をする。これはとても
楽しい。・・・同じことは、サイボウズLiveでもできる。どうやってやるのかというと、
まず友人と二人だけのグループを作る。そしてグループ内には掲示板があるから、
その掲示板に書きたいことを書きたいだけ書く。たった一つの掲示板に交互に書いても
よいし、掲示板をいくつか作って書き分けてもいい。PC関係の話、それ以外の雑談、
みたいに。・・・そう、それだけのことだ。なんと簡単なことだろう。
二人だけの掲示板を持つということが、これほど便利だとは僕は知らなかった。メール
と比べてどこがいいかを書こう。まず掲示板にはメールの作法が要らない。たとえば、
過剰な引用なんかしない。メールはそれぞれがばらばらなので、話の流れを思い出して
もらうためにも多めの引用は避けられない。掲示板には発言番号がつくので、>>3とか
やればどの話題への返事なのかも簡単に示せる。またシグネチャとかも書かない。
そういう文化的背景を持っていないのだ、掲示板は。
結果として、掲示板に書かれた文章はものすごく見通しがよくなる。メールの比では
ない。もうメールには戻れない。当たり前だけど、その掲示板に書かれている文章は
その人との会話だけであり、ノイズは全くない。テーマごとに掲示板を分けているとき
はなおさらだ。メールはノイズが多い。フォルダをたくさん作って自動振り分けすれば
これは改善するが、特に何もしなくても自動的にこうなってくれるのは実にうれしい。
サイボウズLiveの掲示板は、投稿できる文章の長さには特に制限がないようで、本気の
長文も問題なく投稿できる。必要もないのに複数の投稿に分けたりする必要はない。
またサイボウズLiveの掲示板は、2chの掲示板などとは異なり、自分の発言を削除する
ことができる。メールでは、間違って送信してしまったら、もう相手に削除を頼む以外
に方法はない。だから送信前にあて先が間違っていないか、かなり用心しなければいけ
ない。気楽には書けない。
そしてサイボウズLiveの掲示板ではファイル添付もできる。添付したファイルが画像
なら、それはファイルとして存在すると同時に画像としても表示される。これでちょっと
した写真とかを見せ合うのは本当に楽しい。
これらは完全にプライベートであって、誰かに見られるとかいう心配はない。それは
メールに匹敵する。消せることも加味すればメール以上か。2chなどの公開型掲示板+
便利な2chブラウザの組み合わせでも似たようなことはできるかもしれないが、それは
公開型である。サイボウズLiveは非公開型であり個人情報に気を使う必要は全くない。
httpsで通信するので、プレーンテキストのメールなんかよりもずっと安心だ。じゃあ
パスワードなども通知できそうだ(まだやったことはないけど)。
メールのことを悪く言ってしまったが、僕はメールにも感謝している。僕が最初に電子
メールを使い始めたころ、これはなんと便利なのだろうと思った。手紙よりも速くて
安い。紙も要らない。電話と違って記録が簡単に残る。だから僕はメールが大好きに
なった。それからどれだけメールを使ってきたか知れない。・・・そして今、僕は
手紙や電話からメールに移行したように、メールからサイボウズLiveへ移行している。
2人だけじゃない、3人や4人のグループでもいい。同じことはおそらくメーリングリスト
でもできるが、サイボウズLiveのほうが何倍も便利だろう。
---
つづき → http://dot.osask.jp/blog2/details.php?bid=197
執筆 :
K-tan 2011-8-31 18:09
今日は僕の長い夏休みの最後の日だ。
僕は今まで会社員ではなかった。短大の教員になったことはあったが、非常勤講師だった。これは正社員と比べれば夏休みにアルバイトをするのと大差ない。
そんな僕もついに就職することにした。明日から入社だ。行き先はサイボウズ・ラボ株式会社。・・・ええとこのブログを読んでいる人向けに言うのなら、あのhigeponさんが行っている会社だ。そしてOSASKについてアドバイスをくれた(アプリも作ってくれた)光成さんもいる会社だ。セプキャンを知っている人向けに言うのなら、竹迫さんがいる会社だ(昨年までは天野さんもいた)。未踏ユースを知っている人向けに言うのなら、西尾さんがいる会社だ。なんかこういうとものすごくたくさんの人がいる大きな会社のように思うかもしれないが、社員数はそんなに多くはない、十人ちょっとだ。つまり少数精鋭の会社なのだ。
僕は前からここで仕事ができたらなーと思っていた。そしたらなんと内定をもらうことができた(35歳を超えているのに!)。ありがたやー。会社の足を引っ張ることのないようにがんばりたい。
ということで、僕の11年以上続いた夏休みは終わりだ。無論今後も土日に開発はするつもりなので、進展があれば紹介したいと思う。
僕は今まで会社員ではなかった。短大の教員になったことはあったが、非常勤講師だった。これは正社員と比べれば夏休みにアルバイトをするのと大差ない。
そんな僕もついに就職することにした。明日から入社だ。行き先はサイボウズ・ラボ株式会社。・・・ええとこのブログを読んでいる人向けに言うのなら、あのhigeponさんが行っている会社だ。そしてOSASKについてアドバイスをくれた(アプリも作ってくれた)光成さんもいる会社だ。セプキャンを知っている人向けに言うのなら、竹迫さんがいる会社だ(昨年までは天野さんもいた)。未踏ユースを知っている人向けに言うのなら、西尾さんがいる会社だ。なんかこういうとものすごくたくさんの人がいる大きな会社のように思うかもしれないが、社員数はそんなに多くはない、十人ちょっとだ。つまり少数精鋭の会社なのだ。
僕は前からここで仕事ができたらなーと思っていた。そしたらなんと内定をもらうことができた(35歳を超えているのに!)。ありがたやー。会社の足を引っ張ることのないようにがんばりたい。
ということで、僕の11年以上続いた夏休みは終わりだ。無論今後も土日に開発はするつもりなので、進展があれば紹介したいと思う。
執筆 :
K-tan 2011-6-20 23:38
今日はキャンプに関してある種の意見に対する僕の考え方を書きたい。
今年度のキャンプは、昨年までとは違って、OS自作組がなくなった。それを残念だと思う人がいる。そう思ってもらえるのは、組長だった僕にとっては、昨年までの自分のやり方を肯定してもらえているようでとてもうれしい。
その上で、さらに今回の「セキュアなOSを作ろうクラス」はあまり良くないのではないかと言う人も少しいる。要するに前のほうが良かったというのがその人の意見だ。僕はこの意見に賛成というわけではないけど、少し譲歩してそれを受け入れることにしよう(そうしないと話が進まないので)。
この人はさらにこう続ける。「じゃあ、川合がまたクラス長になって、セキュア色を骨抜きにして、事実上、昨年と同じようなことをしたらいいのでは?」と。つまり上層部の誤りを僕に正せというわけだ。
僕はこの意見には賛成しかねる。この方法では今年度は良くてもその後には続かない。僕がすべきことはこれじゃない。
僕は上層部の提案したとおりの内容を最高にやりきることが一番だと思う。それでもし本当に思わしくない結果に終われば、このクラスよりも昨年のOS組のほうがよかったと上層部も理解するだろう。・・・僕が勝手に上層部の方針を捻じ曲げれば、こういう反省をする機会がない。だから上層部は僕抜きでもう一度やろうとするはずだ。優秀な上層部ならそうするはずだ。
この場合、どうせ失敗するからといい加減に手抜きするのはだめだ。それでは失敗の原因が上層部の決めた方針なのか、それとも僕の能力不足なのかが分からないから。
だから僕は(講師になれたら)方針通りにやりきる。まあそもそも僕は今回の方針に批判的ではない。むしろ面白そうだと感じている。・・・ついでに言っておくと僕は多分クラス長にはならない。僕が「今回はセキュリティに詳しい人がクラス長であるべきだ」と思っているので。
昨年まではLinuxカーネル組があったので、僕たちはあえて「できすぎる人は取らない」という思い切った方針を取ることができた。でも今年度は違う。今年度は多分他のクラスのように、単純に実力のありそうな人から選ばれるだろう。それでいいと僕は思う。というか今回はそうあるべきだと思う。
---
このままだとキャンプに関心のない人にとってあまりに無益なので、一般論を書くことにしよう。
要するに僕の言っていることは、「とにかくやるなら徹底的にやれ。そうしなければ何も得られない」ということだ。全力でやって大失敗に終わるのは、最悪ではないのだ。最悪なのは中途半端にやることだ。中途半端にやれば失敗するのは当然なのであって、そこからは何も得られない。
またトップの意思決定をないがしろにしてもいいことはない。間違っていると思うのなら意見すればいい。でも意見が聞き入れられなくても、それをボイコットしたりサボタージュすることが最良ではないのだ。言って分かってもらえないのなら、とりあえずその方針を全面的に受け入れてどうなるのかを共に体験すればいいのだ。・・・トップと中間や末端での意思統一ができなければ、それはもはや組織としてまとまっている価値がない。それではうまく行くものもうまく行かない。
失敗を恐れてはいけない。失敗は最悪ではないのだ。ちゃんとやったけど失敗したというのは、十分に役立つ情報である。最悪は何も得られないことだ。失敗したし教訓も得られない、これが最悪なのだ。こうなるともう一度やり直さなければならない。これはつまり時間の浪費である。そんな中途半端をやるくらいなら、いっそそれは完全にやめて別のことをしたらいいだろう。僕はそう思う。
今年度のキャンプは、昨年までとは違って、OS自作組がなくなった。それを残念だと思う人がいる。そう思ってもらえるのは、組長だった僕にとっては、昨年までの自分のやり方を肯定してもらえているようでとてもうれしい。
その上で、さらに今回の「セキュアなOSを作ろうクラス」はあまり良くないのではないかと言う人も少しいる。要するに前のほうが良かったというのがその人の意見だ。僕はこの意見に賛成というわけではないけど、少し譲歩してそれを受け入れることにしよう(そうしないと話が進まないので)。
この人はさらにこう続ける。「じゃあ、川合がまたクラス長になって、セキュア色を骨抜きにして、事実上、昨年と同じようなことをしたらいいのでは?」と。つまり上層部の誤りを僕に正せというわけだ。
僕はこの意見には賛成しかねる。この方法では今年度は良くてもその後には続かない。僕がすべきことはこれじゃない。
僕は上層部の提案したとおりの内容を最高にやりきることが一番だと思う。それでもし本当に思わしくない結果に終われば、このクラスよりも昨年のOS組のほうがよかったと上層部も理解するだろう。・・・僕が勝手に上層部の方針を捻じ曲げれば、こういう反省をする機会がない。だから上層部は僕抜きでもう一度やろうとするはずだ。優秀な上層部ならそうするはずだ。
この場合、どうせ失敗するからといい加減に手抜きするのはだめだ。それでは失敗の原因が上層部の決めた方針なのか、それとも僕の能力不足なのかが分からないから。
だから僕は(講師になれたら)方針通りにやりきる。まあそもそも僕は今回の方針に批判的ではない。むしろ面白そうだと感じている。・・・ついでに言っておくと僕は多分クラス長にはならない。僕が「今回はセキュリティに詳しい人がクラス長であるべきだ」と思っているので。
昨年まではLinuxカーネル組があったので、僕たちはあえて「できすぎる人は取らない」という思い切った方針を取ることができた。でも今年度は違う。今年度は多分他のクラスのように、単純に実力のありそうな人から選ばれるだろう。それでいいと僕は思う。というか今回はそうあるべきだと思う。
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このままだとキャンプに関心のない人にとってあまりに無益なので、一般論を書くことにしよう。
要するに僕の言っていることは、「とにかくやるなら徹底的にやれ。そうしなければ何も得られない」ということだ。全力でやって大失敗に終わるのは、最悪ではないのだ。最悪なのは中途半端にやることだ。中途半端にやれば失敗するのは当然なのであって、そこからは何も得られない。
またトップの意思決定をないがしろにしてもいいことはない。間違っていると思うのなら意見すればいい。でも意見が聞き入れられなくても、それをボイコットしたりサボタージュすることが最良ではないのだ。言って分かってもらえないのなら、とりあえずその方針を全面的に受け入れてどうなるのかを共に体験すればいいのだ。・・・トップと中間や末端での意思統一ができなければ、それはもはや組織としてまとまっている価値がない。それではうまく行くものもうまく行かない。
失敗を恐れてはいけない。失敗は最悪ではないのだ。ちゃんとやったけど失敗したというのは、十分に役立つ情報である。最悪は何も得られないことだ。失敗したし教訓も得られない、これが最悪なのだ。こうなるともう一度やり直さなければならない。これはつまり時間の浪費である。そんな中途半端をやるくらいなら、いっそそれは完全にやめて別のことをしたらいいだろう。僕はそう思う。
執筆 :
K-tan 2011-6-19 15:00
今日はこれの感想を書きたい。
http://d.hatena.ne.jp/oasis_dev/20110610/1307709399
自作OSにはセキュリティは不要だ。なぜなら誰にも攻撃されないから。攻撃されないものにセキュリティを付けてもセキュリティの強さを証明する機会はなく、だから評価されない。・・・という趣旨だと思う。なるほど。
まあ確かにそれは一つの見解だ。でもこうならない場合もある。
自作OSにセキュリティの機能をちゃんと付けたとしよう。もしそれが既存のセキュリティ理論に基づくセキュリティ対策どまりであれば、確かにそれはあまり評価されない。当たり前のことを当たり前にしただけだから。ふーん、そうなの、おもしろいね、くらいだろう。
しかし本気でセキュリティに対して考えて、もう絶対に負けませんと言い切れるくらいの画期的な方法を思いついて、それを実装したとしよう。そして自分で攻撃コードを作ってもいい。「WindowsやLinuxではこういう攻撃に対しては防御できていませんよね、でもこの自作OSでは大丈夫です。なぜなら・・・」みたいに言い切るのだ。
そうするとどうなるか。世間はちゃんと注目するし評価もしてくれる。これは本当の話だ。そのアルゴリズムはやがて他のOSにも取り入れられるだろう。まあ自分のOSは普及しないかもしれないが、それでもいいではないか。
OSASKは普及し始めるかもしれないところまで来たと感じられるところまでいった。OSASKは起動速度やサイズにこだわって、それは評価された。エミュレータOSという設計思想も評価された。しかし僕自身には「普及させたい」という野心がほとんどなく、それよりも「もっと究極のOSを見たい」という願望があって、デバイスドライバやネットワークなどの「(僕にとっては)つまらない」ものを後回しにし続けた。そのせいで貴重なチャンスをふいにして、結局普及はしなかった。でも僕は気にしてない。
自作OSで一番いけないのは、既存のものに対してなんのメリットもなくなることだ。追いつくだけでは駄目だ。追い抜かなければいけない。それはどんな追い抜き方であってもいいし、ある一点のみでしか勝てなくてもいい。それさえあれば注目されて問い合わせが来る。本当に来る。イヤになるほど来る。
話が脱線した。セキュリティに話を戻す。確かに普及しなければ高度な攻撃コードを書かれる心配はないだろう。しかしそれでもセキュリティに強いOSを作ることはできるし、それを実証することもできて、評価もされるのだ。いいOSを作って、既存のOSはなんてだらしがないんだと言ってやればいい。多くの人が振り向く。
今回はセキュリティコースなので、実際にOSを作ることよりも、セキュリティについて学ぶことのほうが大切だろう。セキュアなOSを作るのは、ちゃんとセキュリティについて学べているかどうかの演習問題だ。だからそうやって作ったOSそのものが普及しないとしても問題ないと僕は思う。でもそのセキュリティ技術がどのOSにも取り入れられることがないのなら、それはさみしいと思う。
今回はOSを作ることそのものは目的ではないと僕は思っている。もう自力でOSが作れる人を集めて、その人たちにセキュリティについても学んでもらって、セキュリティも分かるOS屋になってもらうことだ。もしくはOSも分かるセキュリティ屋でもいい。
http://d.hatena.ne.jp/oasis_dev/20110610/1307709399
自作OSにはセキュリティは不要だ。なぜなら誰にも攻撃されないから。攻撃されないものにセキュリティを付けてもセキュリティの強さを証明する機会はなく、だから評価されない。・・・という趣旨だと思う。なるほど。
まあ確かにそれは一つの見解だ。でもこうならない場合もある。
自作OSにセキュリティの機能をちゃんと付けたとしよう。もしそれが既存のセキュリティ理論に基づくセキュリティ対策どまりであれば、確かにそれはあまり評価されない。当たり前のことを当たり前にしただけだから。ふーん、そうなの、おもしろいね、くらいだろう。
しかし本気でセキュリティに対して考えて、もう絶対に負けませんと言い切れるくらいの画期的な方法を思いついて、それを実装したとしよう。そして自分で攻撃コードを作ってもいい。「WindowsやLinuxではこういう攻撃に対しては防御できていませんよね、でもこの自作OSでは大丈夫です。なぜなら・・・」みたいに言い切るのだ。
そうするとどうなるか。世間はちゃんと注目するし評価もしてくれる。これは本当の話だ。そのアルゴリズムはやがて他のOSにも取り入れられるだろう。まあ自分のOSは普及しないかもしれないが、それでもいいではないか。
OSASKは普及し始めるかもしれないところまで来たと感じられるところまでいった。OSASKは起動速度やサイズにこだわって、それは評価された。エミュレータOSという設計思想も評価された。しかし僕自身には「普及させたい」という野心がほとんどなく、それよりも「もっと究極のOSを見たい」という願望があって、デバイスドライバやネットワークなどの「(僕にとっては)つまらない」ものを後回しにし続けた。そのせいで貴重なチャンスをふいにして、結局普及はしなかった。でも僕は気にしてない。
自作OSで一番いけないのは、既存のものに対してなんのメリットもなくなることだ。追いつくだけでは駄目だ。追い抜かなければいけない。それはどんな追い抜き方であってもいいし、ある一点のみでしか勝てなくてもいい。それさえあれば注目されて問い合わせが来る。本当に来る。イヤになるほど来る。
話が脱線した。セキュリティに話を戻す。確かに普及しなければ高度な攻撃コードを書かれる心配はないだろう。しかしそれでもセキュリティに強いOSを作ることはできるし、それを実証することもできて、評価もされるのだ。いいOSを作って、既存のOSはなんてだらしがないんだと言ってやればいい。多くの人が振り向く。
今回はセキュリティコースなので、実際にOSを作ることよりも、セキュリティについて学ぶことのほうが大切だろう。セキュアなOSを作るのは、ちゃんとセキュリティについて学べているかどうかの演習問題だ。だからそうやって作ったOSそのものが普及しないとしても問題ないと僕は思う。でもそのセキュリティ技術がどのOSにも取り入れられることがないのなら、それはさみしいと思う。
今回はOSを作ることそのものは目的ではないと僕は思っている。もう自力でOSが作れる人を集めて、その人たちにセキュリティについても学んでもらって、セキュリティも分かるOS屋になってもらうことだ。もしくはOSも分かるセキュリティ屋でもいい。
執筆 :
K-tan 2011-6-10 8:46
今日は http://d.hatena.ne.jp/oasis_dev/20110609/ を読んだ感想を書こうと思う。
でもまず最初に断っておかなければいけない。僕は2009と2010年のキャンプのOS自作組の講師だったけど、2011のキャンプの講師になれるかどうかは分からない。なりたいとは思っているけど、まだ決まっていない。だから僕がここで何を言っても実際のキャンプには反映されないかもしれない。
どんなにいいOSを作っても、結局使ってもらえなければ意味がないというoasis_devさんの考えが、このブログの肝だと僕は思う。確かにその考えは一理ある。
でも僕はあえて反論しよう。しかし僕は自分の考えを押し付けたいわけじゃない。僕の考え方も理解した上で、それでもそれを批判できるようになってほしい。そこまで深く考えてほしい。深く考えた上で結論が変わったのならそれでもいいし、深く考えても結論が変わらなければそれでもいい。つまり僕は深く考える材料を提供したいだけだ。
まず僕はOSを作るとき、それを誰かに使ってもらおうなんて考えてない。誰かの役に立たせようと思っていない。しかし作ることそのものが楽しいからやっているというわけでもない。もちろん作るのは楽しいが、それが目的ではないのだ。
OSを作ることで誰かの役に立つことはできる。でも誰かの役に立つためには、その誰かがほしいOSを作るべきであって、自分の作りたいOSを作るべきではない。誰かを助けるには、その人が必要とすることをしなければいけない。・・・自分がやりたいことをやっていれば、それを周囲も必要としてくれる、なんていう幸せな奇跡が起こることもあるけど、それが常に成立するなんてことはない。
人の役に立つことは、たいていは面倒でつらくておもしろくないものだ。だって楽で簡単で楽しければ他人に頼らずに自分でやるだろう。人の役に立つためにはそれだけの覚悟が必要だと僕は思う。
僕のOSの作り方はぜんぜん違う。僕は既存のOSに不満がある。ここをこうすればもっとよくなるのに、って思う。だから自分が使うためにOSを作る。僕以外の誰もが使わなくても、僕が使うから問題ない。きわめて単純だ。その上で、もし僕が作ったものが誰かの役に立つのなら、それはうれしいので提供する。それだけのことだ。
「それではいけない」と思うのかもしれない。最初から普及させることを前提にして作るべきだと思うのかもしれない。だったら自作OSは遠回りだ。Linuxを改良する多くの人たちに加わるべきだ。言うまでもなくそれはすばらしいことだ。
でも非Linuxだって世間に役立つこともある。たとえばPlan9というすばらしいOSがあるが、そこで考案されたUnicodeはLinuxだけではなく他のOSにも取り入れられた。このように自作OSで先進的なアイデアを実装して効用を実証できれば、他のOSにその技術が取り入れられることもあると僕は信じる。それではいけないのか?
作っているOSがだんだんLinuxっぽくなってきて面白くないと感じたら、それは自問する時期に達したということだ。「なぜ」自分はOSを作っているのかと。Linuxっぽいものを目指しているのなら、遠慮せずにLinuxからコードをもらってくればいい。そのほうが早い。使えるものは何でも使えばいいのだ。Linuxと違う部分があるのならそこだけ作ればいいではないか。そのOSでは何ができるようにしたいのか、そのためにはどういう手順で作っていくのがいいのか、ついにそういうことを考える段階にまできたのだ。これは大きな前進だ。
キャンプがどういう人材育成を目指すべきなのか、それは僕には分からない。しかしセキュアなOSを作るとはいっても、キャンプで作ったOSをそのまま世間の人たちが使うような展開は考えていないと思う。もう少し気の長い話だ。キャンプで学んだことを発展させてそして何年か後にIT産業に役立てばいいのだ。
もし5日間の期間中に実用的な成果を求めるのなら、それは政府の事業である必要は多分ないだろう。民間企業がやっても採算が合うから。・・・きっとキャンプは、すぐには採算は取れないけど、でもこういうことを長く続けていけば、いつかは花が咲く、と信じて気長にやっているのだろう。それは民間企業ではなかなかできない。ライバル同士が手を組み、業界を盛り上げようと協力し合わないとできない。IPAはそういう協力関係ができるまでの間、代わりに国費を使ってやっていこうとしているのだと思う。
今回OS自作組は消滅した。つまりIPAとしてはOS自作を支援する必要はないと判断したのだろう。支援しなくてももうやっていけると思ったのかもしれない。もしくは支援すべきではあるけど、でも今は先にやるべきことがあって、それでやむなく今回はやらないことにしたのかもしれない。
そしてその代わりにセキュアなOSを作るクラスができた。これは新しいクラスだ。しかもプログラミングコースではなくセキュリティコースだ。IPAはそういう技術者がもっと必要だと思っているのだ。それが正しいのか間違っているのかは僕には分からない。僕は国内のIT産業がどういう状況におかれているのか分からないから。でももし僕が講師になれたら、IPAの意を汲んで、セキュリティに配慮したOS自作のあり方を考えたいと思う。
もし僕が講師になれたら、僕は昨年までのOS自作組よりも募集レベルを上げるようにお願いすると思う。上記のブログにもあるように、セキュリティについて話をしていくのであれば、OSを作る段階で四苦八苦しているわけにはいかない。もうOS自作入門は教科書にはしないけど、それを読破しているくらいのスキルは要求すると思う。
まあ要求レベルを上げすぎると今度は誰も合格しなくなってしまうので、その辺は調節しなければいけないけれど。
追記:
>もちろん、セキュアOS組の応募を間近に控えた状況でこのような
>記事を書くことは僕自身にとって不利になる事は十分に承知して
>います。(そんなに嫌なら応募しなきゃいいじゃん、って言われ
>て当たり前ですし、僕が選考する側の人間だったら間違いなく
>落とします)
この部分について僕の考えを書いておこうと思う。もし僕が選考する側だったら、批判的なブログなどを見つけてもそれで減点したりはしない。僕は減点方式が嫌いだから。応募用紙にたくさん書いてくれたら、その中で「いいな」と思うものの数を数える。悪いことが書いてあっても減点はしない。そりゃまあ簡潔にまとまっているほうが読みやすくていいけど、最初に要約があれば長文だって問題ない。
そもそも相手は子供なのだ。子供相手に完璧を求める必要があるのか。至らないところがあって当然ではないか。選考者が何を求めているのかすら事前に詳しく教えてもらっているのではないのだから、自分を余すことなく語るしかないではないか。
それに批判的なことを堂々と言える人は見込みがあるというものだ。自分の信条を隠し、言いたいことも言わないような人よりもずっと未来があるように思う。
正当な批判から逃げてはいけない。批判を受け止めてそれを生かすことこそ大人の度量だと思う。
でもまず最初に断っておかなければいけない。僕は2009と2010年のキャンプのOS自作組の講師だったけど、2011のキャンプの講師になれるかどうかは分からない。なりたいとは思っているけど、まだ決まっていない。だから僕がここで何を言っても実際のキャンプには反映されないかもしれない。
どんなにいいOSを作っても、結局使ってもらえなければ意味がないというoasis_devさんの考えが、このブログの肝だと僕は思う。確かにその考えは一理ある。
でも僕はあえて反論しよう。しかし僕は自分の考えを押し付けたいわけじゃない。僕の考え方も理解した上で、それでもそれを批判できるようになってほしい。そこまで深く考えてほしい。深く考えた上で結論が変わったのならそれでもいいし、深く考えても結論が変わらなければそれでもいい。つまり僕は深く考える材料を提供したいだけだ。
まず僕はOSを作るとき、それを誰かに使ってもらおうなんて考えてない。誰かの役に立たせようと思っていない。しかし作ることそのものが楽しいからやっているというわけでもない。もちろん作るのは楽しいが、それが目的ではないのだ。
OSを作ることで誰かの役に立つことはできる。でも誰かの役に立つためには、その誰かがほしいOSを作るべきであって、自分の作りたいOSを作るべきではない。誰かを助けるには、その人が必要とすることをしなければいけない。・・・自分がやりたいことをやっていれば、それを周囲も必要としてくれる、なんていう幸せな奇跡が起こることもあるけど、それが常に成立するなんてことはない。
人の役に立つことは、たいていは面倒でつらくておもしろくないものだ。だって楽で簡単で楽しければ他人に頼らずに自分でやるだろう。人の役に立つためにはそれだけの覚悟が必要だと僕は思う。
僕のOSの作り方はぜんぜん違う。僕は既存のOSに不満がある。ここをこうすればもっとよくなるのに、って思う。だから自分が使うためにOSを作る。僕以外の誰もが使わなくても、僕が使うから問題ない。きわめて単純だ。その上で、もし僕が作ったものが誰かの役に立つのなら、それはうれしいので提供する。それだけのことだ。
「それではいけない」と思うのかもしれない。最初から普及させることを前提にして作るべきだと思うのかもしれない。だったら自作OSは遠回りだ。Linuxを改良する多くの人たちに加わるべきだ。言うまでもなくそれはすばらしいことだ。
でも非Linuxだって世間に役立つこともある。たとえばPlan9というすばらしいOSがあるが、そこで考案されたUnicodeはLinuxだけではなく他のOSにも取り入れられた。このように自作OSで先進的なアイデアを実装して効用を実証できれば、他のOSにその技術が取り入れられることもあると僕は信じる。それではいけないのか?
作っているOSがだんだんLinuxっぽくなってきて面白くないと感じたら、それは自問する時期に達したということだ。「なぜ」自分はOSを作っているのかと。Linuxっぽいものを目指しているのなら、遠慮せずにLinuxからコードをもらってくればいい。そのほうが早い。使えるものは何でも使えばいいのだ。Linuxと違う部分があるのならそこだけ作ればいいではないか。そのOSでは何ができるようにしたいのか、そのためにはどういう手順で作っていくのがいいのか、ついにそういうことを考える段階にまできたのだ。これは大きな前進だ。
キャンプがどういう人材育成を目指すべきなのか、それは僕には分からない。しかしセキュアなOSを作るとはいっても、キャンプで作ったOSをそのまま世間の人たちが使うような展開は考えていないと思う。もう少し気の長い話だ。キャンプで学んだことを発展させてそして何年か後にIT産業に役立てばいいのだ。
もし5日間の期間中に実用的な成果を求めるのなら、それは政府の事業である必要は多分ないだろう。民間企業がやっても採算が合うから。・・・きっとキャンプは、すぐには採算は取れないけど、でもこういうことを長く続けていけば、いつかは花が咲く、と信じて気長にやっているのだろう。それは民間企業ではなかなかできない。ライバル同士が手を組み、業界を盛り上げようと協力し合わないとできない。IPAはそういう協力関係ができるまでの間、代わりに国費を使ってやっていこうとしているのだと思う。
今回OS自作組は消滅した。つまりIPAとしてはOS自作を支援する必要はないと判断したのだろう。支援しなくてももうやっていけると思ったのかもしれない。もしくは支援すべきではあるけど、でも今は先にやるべきことがあって、それでやむなく今回はやらないことにしたのかもしれない。
そしてその代わりにセキュアなOSを作るクラスができた。これは新しいクラスだ。しかもプログラミングコースではなくセキュリティコースだ。IPAはそういう技術者がもっと必要だと思っているのだ。それが正しいのか間違っているのかは僕には分からない。僕は国内のIT産業がどういう状況におかれているのか分からないから。でももし僕が講師になれたら、IPAの意を汲んで、セキュリティに配慮したOS自作のあり方を考えたいと思う。
もし僕が講師になれたら、僕は昨年までのOS自作組よりも募集レベルを上げるようにお願いすると思う。上記のブログにもあるように、セキュリティについて話をしていくのであれば、OSを作る段階で四苦八苦しているわけにはいかない。もうOS自作入門は教科書にはしないけど、それを読破しているくらいのスキルは要求すると思う。
まあ要求レベルを上げすぎると今度は誰も合格しなくなってしまうので、その辺は調節しなければいけないけれど。
追記:
>もちろん、セキュアOS組の応募を間近に控えた状況でこのような
>記事を書くことは僕自身にとって不利になる事は十分に承知して
>います。(そんなに嫌なら応募しなきゃいいじゃん、って言われ
>て当たり前ですし、僕が選考する側の人間だったら間違いなく
>落とします)
この部分について僕の考えを書いておこうと思う。もし僕が選考する側だったら、批判的なブログなどを見つけてもそれで減点したりはしない。僕は減点方式が嫌いだから。応募用紙にたくさん書いてくれたら、その中で「いいな」と思うものの数を数える。悪いことが書いてあっても減点はしない。そりゃまあ簡潔にまとまっているほうが読みやすくていいけど、最初に要約があれば長文だって問題ない。
そもそも相手は子供なのだ。子供相手に完璧を求める必要があるのか。至らないところがあって当然ではないか。選考者が何を求めているのかすら事前に詳しく教えてもらっているのではないのだから、自分を余すことなく語るしかないではないか。
それに批判的なことを堂々と言える人は見込みがあるというものだ。自分の信条を隠し、言いたいことも言わないような人よりもずっと未来があるように思う。
正当な批判から逃げてはいけない。批判を受け止めてそれを生かすことこそ大人の度量だと思う。
執筆 :
K-tan 2011-5-12 17:42
もしかしたらミスリードになるかもしれないけど、とりあえず正しいかどうかはともかくとして、アイデアは奇抜で面白い。
重力は存在しない=オランダ物理学者
http://www.epochtimes.jp/jp/2010/10/html/d42959.html
重力は存在しない=オランダ物理学者
http://www.epochtimes.jp/jp/2010/10/html/d42959.html

